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2021/08/24

就活生応援Interview vol.1 土佐兄弟 「高校あるある」で人気のお笑い芸人・土佐兄弟の“スキサガシ” 「動けば、『好き』は見えてくる」

就職・転職

「やりたい仕事が見つからない」と悩んでいる就活生達に向けて、自分だけの「好き」を見つける“スキサガシ”を応援するインタビュー企画。今回お話を伺ったのは、動画「高校あるあるシリーズ」で人気の土佐兄弟。二人がお笑いを仕事にするまでの経緯から「好き」が見つからない人たちへのアドバイスまで、たっぷりと伺いました。

療養生活をきっかけに芸人の道へ

座っている土佐兄弟

土佐兄弟

ワタナベエンターテインメント所属のお笑いコンビ。ボケ・ネタ作り担当の有輝さん(1994年生まれ。写真左・弟)とツッコミ担当の卓也さん(1987年生まれ。写真右・兄)からなる兄弟コンビ。2019年後半頃より、有輝さんが演じる「高校あるある」動画がTik Tokを中心に大ヒット。有輝さんのTikTokフォロワー数120万人越え、総再生回数も7億回越える。さらに、Instagramフォロワー67万人、Twitterフォロワー11万人など、絶大な人気を誇る。

Twitter:@tosakyodai_yuki(有輝さん)@takuyatosa1(卓也さん)

YouTubeチャンネル:土佐兄弟の青春チャンネル

 

 

座っている土佐兄弟

 

−芸人への転機は、卓也さんが会社勤めとして3年が過ぎようかとしていた頃。卓也さんが7つ年下の有輝さんを誘う形でコンビを結成し、そのタイミングで卓也さんは3年勤めた会社を退職。卓也さんの背中を押したものは何だったのでしょうか。

 

卓也「そもそも僕は、就職活動の時にぜんぜんやりたい仕事がなかったんです。だから世間的に名前の通った会社を片っ端から受けて、内定が出た中から一番良さそうなところを選びました。とりあえず会社に入って『なんか違うな』と思ったらやめればいいか、くらいの感覚でした。そして就職したら、本当に『なんか違った』んです(笑)。

 

その会社でやりたいこともなければ売りたい商材があるわけでもない。なので、いかんせん気持ちが盛り上がらなくて。『仕事はプライベートを充実させるためのお金を稼ぐ手段』と割り切ってはいたんですけど、もっと仕事に熱くなりたい、ヒリヒリしたいと思う自分がいたんです」

 

−卓也さんがモヤモヤした感情を抱えたまま迎えた入社3年目の秋、ある事件が発生します。同僚とのバーベキュー中に転んで前歯を激しく損傷。療養生活を余儀なくされます。その間、自宅で浴びるようにお笑い番組を見ているうちに、心の奥に封印していた「好き」という気持ちが覚醒してしまったといいます。

 

話している土佐兄弟の卓也さん

 

卓也「もともとお笑いは好きでした。でも、大学進学が当たり前、大学では就職して当たり前という環境だったので、自分が芸人になるという発想がなかったんです。でも、あの療養中に「お笑いってやっぱりすごいな、好きだな」と改めて思って。

 

お医者さんから「打ちどころが悪かったら死んでいたかもしれないですよ」と言われたことも大きかったですね。「いつ死ぬかわからないなら、自分がやりたいことをやろう」という気持ちになりました」

 

いつ死ぬかわからない

 

−芸人の道を目指すことを決意した卓也さんは、弟の有輝さんを誘い、コンビを結成します。当時、卓也さんは25歳、有輝さんは高校3年生。7つも年下の弟さんをなぜ誘ったのでしょうか。

 

卓也「自然に「有輝とやりたい」と思いました。子どもの頃から先生や近所のおじさんのモノマネが上手で、ずっとおもしろかったんです。小学生が高校生の兄を本気で笑わせるって、なかなかのことだと。それと有輝の部屋に「べしゃり暮らし」(主人公・上妻圭右がお笑い芸人を目指す姿を描くいた人気漫画 )が全巻積み上げられていて、芸人をやりたい雰囲気も感じていたので、誘いました(笑)」

 

笑っている土佐兄弟

 

有輝「別にサインを出していたわけではないですけど(笑)、芸人になりたい気持ちは少しだけありました。でも、僕は行動力がない性格なので、エスカレーター式に大学に入って、就職して普通のサラリーマンになるんだろうなー、とぼんやりと思っていました。でも、きちんと就職活動をする自分もイメージになかったんです。

 

そんな時に「お笑い芸人にならないか?」とお兄ちゃんから誘われて。すぐに「じゃあ、やる」と言いました。サラリーマンよりも、芸人の方がしっくりきたんです。「これだ! いっちゃえ!」という感じ。お兄ちゃんに誘われた瞬間に、無難な考え方から本当にやりたいことに、一気に方向転換した感じです」

 

−3年間勤めた会社を辞めて、知らない世界に飛び込むことへの怖さは「まったくなかったです。怖いという感覚がそもそもなくて」と卓也さん。とはいえ年齢はすでに25歳。芸人の道がうまくいかなかった場合の「何歳で諦める」という線引きはしていたのでしょうか。

 

卓也「有輝が30歳になった時にメシが食えていなかったらどうしようかな、とは思っていたかもしれません。でも、自分の年齢での線引きというのは考えていなかったです」

 

有輝「僕は僕で、お兄ちゃんがおじさんになって「もう無理だ」と言った時が辞め時なのかな、と思っていました。だとしても、僕は18歳でスタートしたので、そうなったとしても、その時はまだ20代だろうなって」

例えるなら…株式会社土佐兄弟で突き進んだ8年間

座っている土佐兄弟

 

−2013年4月に、ワタナベコメディスクールの土曜日コースに兄弟揃って入学。翌年には、ワタナベエンターテインメントに正式に所属が決定します。すぐに食べられるようになるはずもなく、経済的にはしんどい日々が続きますが、現在に至るまで、芸人をやめようと思ったことは一度もないそうです。

 

有輝「根拠はまったくないんですけど、成功しないわけがない、と思っていました。一気にバーンと行くっしょ! って」

 

卓也「いずれ食えるようになるだろうという自信はありました」

 

横を向いている土佐兄弟

 

有輝「今でもそうなんですが、いよいよマズイてっなった時は、状況を打破するための作戦みたいなものを、お兄ちゃんがロジカルに考えるんですよ。「やべえけど、ここがこうでこうだから、こうすればいけるかもしれない。一回やってみよう」って。それでトライして、またエラーしたら修正して、という8年間でした。だから売れなかったとしても、お兄ちゃんがなんとかしてくれるだろう、と。サラリーマン時代の会社での会議も、こんな感じだったんでしょ?」

 

卓也「マジでそう。会社員としての経験は、めちゃくちゃ役に立ってます。年始の目標を決めて、月間、上半期と定例の打ち合わせをして、現状を把握して、対策を練っていく。今も、「この番組に出るにはこういうネタが必要だから、有輝ちょっと頼むわ」という感じでネタを作ってもらったりしてます」

 

株式会社土佐兄弟だとしたら、俺が営業するからお前は社長としてネタを作れ!

 

有輝「コンビを組んだ時に、「株式会社土佐兄弟だとしたら、俺が汗をかきまくって営業するから、お前は社長として土佐兄弟とはこういうもの、というネタを作ってくれ」と言われました」

 

−ネタ作りという0→1の作業の担当は有輝さん、そこに付加価値をもたせて拡散する作業の担当は卓也さん。2019年に、有輝さんが得意とする形態模写を生かした「高校あるある」が爆発的にヒットした背景には、卓也さんが会社員時代に築いたスキルと、このような兄弟の役割分担があったのです。

変わることのない芸人への想い

立っている土佐卓也と座っている土佐有輝

 

−「迷った時に立ち返るものや、自分を奮い立たせてくれるものは?」という質問への回答からは、それぞれの熱さと個性が見えてきました。

 

 

話している土佐有輝

 

有輝「お笑いを始めた頃に、ボーッとテレビを見ていたら、千原ジュニアさんが「今、お笑いを始める子、正気か? って思いますよね。こんだけ上が詰まっていて。こんな風通し悪い社会、ないでしょう。どうかしてますよね」と言っていて。その言葉を紙に書きましたね」

 

卓也「書いてた! 部屋に貼ってたわ!」

 

有輝「はい、部屋に貼りました。ジュニアさんがどうこうではなくて、自分はもうその社会に足を踏み入れてしまっていたので。それを見ては、だったらその風通しの悪い社会でやってやるぜ! って自分を奮い立たせていました。これが自分の迷った時に立ち返るものですね」

 

話している土佐卓也

 

卓也「僕が自分を奮い立たせてくれるものを一つ選ぶとしたら、サイバーエージェントの藤田晋社長の自伝「渋谷で働く社長の日記」(幻冬舎)です。RPGみたいなサクセスストーリーで、戦略はもちろん、自分の人生を楽しんでいる感じもあって、すごく参考になりました。

売れていない時も、楽しみながらやっていけば扉をこじ開けられる、ジュニアさんが言う“風通しの悪い社会”の中で自分らが抜きん出る術が絶対にあるはずだと思えたんです。それが、兄弟で協力していくところに繋がったのだと思います」

 

楽しみながらやっていけば扉をこじ開けられる

 

−この8年間で、卓也さんは結婚して妻と二人の子供を養う立場になり、有輝さんは25年間暮らした実家を出て一人暮らしをスタートさせました。好きなことで食べられるようになった今とそれ以前とで、芸人という仕事をする理由に変化はあるのでしょうか。

 

卓也「お笑いが好きだから、おもしろいネタをやって、人におもしろいと思われたい。だからM-1 グランプリで優勝したい。それは変わりませんし、これからもずっと続くんですけど、僕は家族のためにお金を稼ぐというモチベーションも増えました。

お笑いを始めた時は独身だったので、「ある程度生活ができるくらい稼げたら」と思っていましたが、子どものことを考えると「がんばれるだけがんばらないとな」という気持ちになります。でも、もともと真剣にやっていたので、取り組み方に変化はありません」

 

有輝「僕は始めた時と一緒で、「もっと売れたい」「もっとおもしろくなりたい」とずっと思っています。最近色々な場所で「よく見ます」と言っていただくようになっても、本気で「そんなことないです」と思っていて。多分50歳、60歳になっても「まだまだです」と言い続けているし、本気でそう思っている気がします」

「好きなものを仕事にしよう」と意識しすぎなくていい

見上げている土佐兄弟

 

−「好き」を見つけて、それをつなげる方法について質問すると、自身の経験に照らし合わせながら語ってくれました。

 

卓也「僕は、「これがやりたい」がずっとなかった人間です。そんな僕からすると、好きなことを仕事にしている人も、好きな事がある人も、奇跡のようなもので。だから、「好きなものを仕事にしよう」とか、あんまり意識しすぎなくていいのではと思います。

たまたま最初に入った会社で「この仕事めっちゃ好きだわ」と思えるかもしれません。実際にそういう人が僕の同僚にいましたし。就活本を読むと、性格や特性から業種を導き出すという考え方になりがちですけど、僕はそこだけに絞らず、頭を柔らかくして、もっと選択肢を広げた方がいいと思います」

 

頭を柔らかくして、もっと選択肢を広げたほうがいい

 

有輝「お兄ちゃんに誘われてからはお笑い芸人になることしか考えられなかったんですけど、実際に芸人になってみたら、お笑いに関わる仕事っていっぱいあったんですよ。放送作家、テレビのディレクター、お笑い雑誌のライター、マネージャーさんもそうかもしれません。

好きなことがないと思っても、例えば食べることが好きだったら、それに関する仕事を調べてみると、何かしら発見があるんじゃないかなと思います」

 

卓也「就活時代を振り返っても、自分の道がしっかりと見えている人の方が珍しい気がします。僕の場合は、いったん会社に入ったことで自分がやりたいことに気がついた。そう考えると、有輝は立派だと思います。僕が誘ったとはいえ、18歳で自分の好きな道に飛び込めるなんて、なかなかの覚悟だと思います」

 

−まずは就職してから、好きなことを仕事にするために努力するという方法も「ぜんぜんありです」と土佐兄弟は声を揃えます。実際、本業で収入を得ながらライブ活動を続けていき、ブレイクする芸人さんも増えてきました。

 

卓也「これからの時代は、そっちの方が賢いですよね。もしも今のタイミングで僕らがお笑いを始めるとしたら、お互いに会社は辞めずにまずはSNSを使って、バズって、事務所に声をかけられて、正式に所属したら、会社を辞める。それが理想の流れかなと思います」

 

有輝「高卒で養成所に入って、お笑い1本に絞る人があまりいないので、同期がほとんどいないんです。大学を卒業して、22歳から始める人が多いですね」

 

卓也「俺なんて25歳からですからね。それでもこうしてなんとかやってるので。「いますぐ好きなことを仕事にしたい!」という気持ちも大事ですけど、視野を広げて、とりあえず動いてみたら、「好き」が見えてくるんじゃないでしょうか」

 

−最後に、就活で悩んだり、落ち込んだりしている就活生に向けてエールをお願いします。

 

有輝「僕は落ち込んだ時、「明日の自分ががんばってくれる」という言葉を唱えて、ビールを飲みます。座右の銘です(笑)」

 

立っている土佐兄弟

 

卓也「落ち込むってことは人生をかけてるということ。僕もお笑いが好きだからこそ、仕事のたびにはっきりした感情があるんです。正直、会社員時代は終業後、仕事のことを一切忘れていました。多少ミスしても「別にいいや」と飲みに行ったり。

でも今の仕事はずっと緊張感や危機感があるから、達成感もあれば、ウケた喜び、スベった悔しさ、全部の感情を引きずるんです。就活にも全力を投入して、そういったヒリヒリ感を楽しめたら得ですよね」

 

有輝「忘れちゃいけないのは、自分にとって大きな決断や失敗でも、周りからすると大したことじゃないということ。失敗して落ち込んでも、誰も馬鹿にしてないですし、自分も周りも忘れます。未来は大丈夫です!」

 

−大事なのは、とりあえず動いてみること。頭を柔らかくし、視野を広げ、様々なことにチャレンジすることで、自分だけの「好き」が見つかるかもしれません。

 

もし今、好きなことがないのであれば、まずは、動いてみませんか。

 

興味がないと思っていた世界でも、触れることで自分の中で何かが動き出すかもしれません。

 

日研トータルソーシングでは、就活生のみなさんにいつでも扉を開いております。興味がある人はこちらをご覧ください!

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(企画・編集:株式会社LIG / 取材・執筆:須永貴子/ 写真撮影:山越隼)