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2020/02/06

国内外の名車が140台も!? クルマ好きの聖地「トヨタ博物館」に行ってみた【01.海外のクラシックカー編】

モノづくり

みなさんは「クルマ好きの聖地」とされる巨大な博物館が、愛知県にあることをご存じでしたか?今回、その「聖地」ことトヨタ博物館を、ライターの池田明季哉さんが訪ねます!全2回となる第1回は、自動車の発明から、20世紀前半の大流行までの歴史を辿ります。

「自動車の歴史」の博物館が愛知に存在した!

ライター/デザイナーの池田明季哉さん

こんにちは。ライター/デザイナーの池田明季哉です。好きなものはロボットのおもちゃ。特にトランスフォーマーが好きで、家に100体ほど所有しています。カーデザインをテーマにした本の制作に携わったりと、大のクルマ/メカ好きでもあります。

今回、僕は愛知県に来ています。

そう、知る人ぞ知る、「クルマ好きの聖地」を取材するために……!

 

「クルマ好きの聖地」それは・・・

今回訪れたのは、名古屋駅から電車で約1時間、愛知県長久手町にある「トヨタ博物館」。
日本最強、世界でも指折りの自動車博物館だという噂。

今回は取材ということで特別に、トヨタ博物館のスタッフである平田雅己さん、次郎坊浩典さんのお二人に案内していただけるそうです!

(※ なお、所定の時間に来館すればガイドツアーに参加することも可能です。)

 

池田:こんにちは! 今日はよろしくお願いします。

平田さん次郎坊さんようこそいらっしゃいました。よろしくお願いします。

 

  • 人物紹介:平田雅己(ひらた・まさみ)さん
    生産技術担当としてものづくりの現場にかかわる。トヨタ本社に36年間勤務の後、2014年よりトヨタ博物館勤務。

 

  • 人物紹介:次郎坊浩典(じろうぼう・ひろのり)さん
    デザイナーとして、長年トヨタ自動車のデザイン部でトヨタ、レクサスの車両のカラーデザインなどを担当。2016年よりトヨタ博物館勤務。

そもそもトヨタ博物館とは?

 

池田:そもそもトヨタ博物館って、どういう施設なんですか?

 

 

平田:トヨタの歴代自動車を展示している……と思われがちなのですが、実はトヨタ車にかぎらず、自動車そのものの歴史を紹介する博物館です! ガソリン自動車を中心に、世界中からクルマを集めて展示しています。

 

 

平田:……と言いつつ、館内に入ってすぐの一番目立つところには、トヨタ初の量産乗用車、1936年に開発された「トヨダ・AA型」を展示しているんですけどね。

池田:でも、このクルマは日本の自動車史においてはとても大事な一台ですよね。最初は「トヨタ」ではなく「トヨダ」だった……というのは、何となく知っていました。館内には全部で何台くらい所蔵されているんでしょうか?

平田:いま展示されているのは140台ほど、バックヤードに保管しているものを合わせれば、500台近くありますよ。

池田:そんなに! いったいどうやって集めたんですか?

平田:開館前に、アメリカとヨーロッパに現地エージェントを配置してカーオークションで入手しました。オークション界隈では「各地でクラシックカーを次々と落札している謎の組織がある」と話題になっていたようです。

池田:トヨタの本気度、すごすぎる(笑)。

次郎坊:展示している自動車は「動態保存」といって、ほぼすべて実際に走れる状態を維持しているんです。古い車が多いので、整備もけっこう大変。でも、やっぱり車にとって一番いい状態を保ちたいですし、イベントで実際に走らせてお客さんに喜んでもらいたいので、がんばっています。

基本的には時代の順に展示していて、自動車の発展を追うことができるようになっています。それでは、一緒に見ていきましょう。

 

 

自動車の始まりって?

平田:さて、最初の「自動車」は……これです!

 

 

平田:実用的なガソリン自動車の第一号と言われる、1886年の「ベンツ パテント モトールヴァーゲン」。

池田:うーむ……なんというか、「自動車」感がないんですね……。

 

 

次郎坊:当時の移動の主流は馬車でしたから、当時は「馬無し馬車」と呼ばれていたんですね。でも、エンジンはちゃんと座席の後部にありますよ。

 

 

次郎坊:シンプルに見えますが、基本的には現在のクルマと構造はほとんど変わっていません。バイクや自転車のように、チェーンを介して車輪を駆動する仕組みになっています。前に進むだけで、変速も後退もありません。小型化したエンジンの非力なパワーで何とか走らせていた時代のクルマですね。

 

 

電気自動車は最初期から存在していた?

平田:初期の自動車ってけっこう面白いんです。蒸気を使って動かす「蒸気自動車」もありますし、現代では最先端の「電気自動車」も、すでに存在していました。

 

 

平田:たとえばこれ。スタンレー社の1909年「スチーマー モデルE2」です。スタンレー社はアメリカで蒸気自動車を作って大成功を収めました。

 

 

平田:こちらは1902年の電気自動車、「ベイカー エレクトリック」。蒸気自動車も電気自動車も、性能はそれなりに高かったんですよ。特に電気自動車は、女性に人気でね。ボタンひとつですぐにスタートできるので、簡単だったんです。

一方、蒸気自動車はバーナーに火をつけてお湯を沸かすのに時間がかかるので、すぐに発進できない。電気自動車はすぐ発進できるんですが、値段が高く、充電インフラも整っていないことがネックになって、結局衰退してしまったんですね。

 

 

池田:蒸気自動車がガソリン自動車に取って代わられたことはなんとなく知っていましたが、電気自動車も最初期からあったんですね! 知りませんでした!

 

 

意外と侮れない? 日本の明治時代の人力車

明治時代の人力車

次郎坊:ちなみに同時期、明治時代の日本は、こんな感じです。「人力車」ですね。

 

 

池田:ええっ、ローテクすぎません? というか、そもそも自動車じゃないですよねこれ!

平田:江戸時代まで、日本には車輪のついたもので人を運ぶという文化がなかったんですね。明治になって西洋文化が入ってきてからも、馬車はそこまで普及しませんでした。一方で、街行く人が気軽に乗れて小回りの効く「人力車」が出てきて、それがタクシーの源流になったわけですね。

池田:なるほど……。人力車も、今に繋がる歴史の大事な一部だったんですね!

 

 

20世紀、大衆化していく自動車

池田:蒸気、電気、そして人力と、いろいろな移動手段が出てきたのが20世紀初頭だったんですね。でも、この後はガソリン車が中心になって発展していくわけですよね?

平田:ちょうど、ガソリン車として最初に大ヒットとなった、とあるクルマの企画展をやっているんです! せっかくなので、そちらもご案内しましょう。

 

 

最初の大ヒット自動車、「T型フォード」

平田:この展示室では、自動車の歴史のなかでもヘンリー・フォードが造ったフォード社の「モデルT」、通称「T型フォード」の登場によってもたらされた100年前の変革についての企画展をやっています。

 

 

平田:これは「フォード モデルT ツーリング」というクルマで、T型フォードのなかでも最も人気のあったモデルです。

T型フォードは、いろいろな工夫で大量生産を実現して、価格をものすごく安くしたんです。自動車って当時は2,000ドルぐらいだったのですが、それを850ドルで販売しました。その後、生産数を増やして、最終的には260ドルまで下がったと言われています。1920年代後半当時の平均的な年収が2,400ドルくらいでしたから、これなら手が届きました。耐久性も高かったので、T型フォードを機に一気に自動車が大衆に普及します。

では、もとの展示室に戻りましょう!

 

 

エンジンをかけるのも命がけ!? それを解決した画期的な発明

平田:その後に出てきたのが、1912年「キャデラック モデルサーティ」です。これも革命的な自動車なんですよ。

池田:見た目はそんなに変わったところはなさそうに見えるのですが……。

平田:ここを見てください。エンジン始動用のクランクハンドルがなくなったんです。

池田:クランク……なにがすごいんですか?

 

 

平田:当時のガソリン車はエンジンをスタートさせるとき、最初だけは外から回してあげる必要がありました。当時の自動車は、前部についているクランクハンドルを手で回してこれを行っていたんです。これが危険でね。腕力も要るし、勢いが足りないと押し戻されて急に逆回転してしまうことがあって、親指が折れたり、場合によってはこうやってガツン! と顔に当たって、顎の骨が折れてしまったりする事故が起きたんです。

 

 

 

池田:うわ、痛そう! エンジンをかけるだけで命がけですね。

平田:そこでこの車では、手動でエンジンを始動しなくてもいいように、バッテリーとセルモーターを搭載したんです。これが瞬く間に広がって、安全に始動できるようになりました。だから今の自動車がボタンを押すだけでエンジンがスタートするというのは、実はすごいことなんですよ。

池田:確かに……!

 

 

多様化する自動車の機能とデザイン

次郎坊:昔は自動車を持つことができたのは一部の王族、貴族などの富裕層だったんです。でも一般の人にも自動車が行き渡ると、今度はもっと速い、快適なクルマが求められていきます。独特の個性を持った高級車や高性能車が誕生していくのです。

そのひとつが、この「コード フロントドライブ モデル812」。1937年の自動車ですね。

 

 

次郎坊:青年実業家のエレット・ロバン・コードが、自身の名前を冠して発表したクルマです。彼は、「変わった車は売れる」という持論を持っていました。フロントエンジン・フロントドライブ(FF)も特徴ですが、なんといっても最大のポイントは、世界初のリトラクタブル・ヘッドライトです。

 

 

池田:かわいい! 目が開いた!

次郎坊:当時としては、これはかなり先進的な仕組みでした。こうしてヘッドライトを畳んでおくことで、滑らかに速そうに見えるデザインにできたんですね。

 

 

平田:ヘッドライトといえば、もうひとつ、変わった工夫をしている自動車があるんです。

 

 

池田:これは……ジープ、ですか?

 

 

次郎坊:そうです。1943年の「フォード モデル GPW」。いわゆる「ジープ」、アメリカの軍用車ですね。こうやってボンネットを開くと……。

 

 

平田:……こんな感じで、ヘッドライトが内側に向くようになっているんですね。

池田:内側? どこを照らすんです?

 

 

平田:エンジンルームです! 戦場で明かりがなくても、こうして照らすことで整備や修理ができる、というわけです。

 

 

池田:へえー、すごい! これは軍用車ならではの工夫ですね。

 

 

美しさとかっこよさを求めるスポーツカー

平田:第2次世界大戦の終結とともに、停滞していたクルマのデザインが変化し始めます。それまでは、フェンダー(タイヤを覆う部分)と、ランニングボード(サイドドアの手前の踏み台)が別々になっていたのですが、戦後にフェンダーとクルマのボディが一体となった「フラッシュサイドデザイン」が注目を集めました。この1947年「チシタリア 202クーペ」は、そんな時代を象徴する傑作デザインです。

 

 

平田:この自動車のレストアは私が担当したんですが、もともと赤く塗られていたんですよ。でも塗装を剥がしたら、下からこの色が出てきて、元はメタリックグリーンだったことがわかったんです。

池田:さらっと恐竜の発掘みたいなことを言いますね!?

 

 

平田:自動車には車体番号とエンジン番号が付けられていますから、いつどこでどんなレースに出ていたか、ということまで、記録を遡ればわかります。なので写真資料を探しながら、メタリックの粒子の細かさまでこだわって、当時のカラーやメタリック感を再現しました。

池田:そんなことまで……! こういうエピソードを伺うと、単に車が並んでいるだけじゃなくて、やっぱり博物館なんだなと思います。

 

 

次郎坊:第2次世界大戦中にヨーロッパに駐留していた米兵が、MG(イギリスのスポーツカーブランド)をはじめとする小型スポーツカーの楽しさに魅了され、終戦とともにその文化を米国に持ち帰りました。

これはアメリカ人の解釈によって作られた、1953年の初代「シボレー コルベット」です。現在まで続くV8搭載のアメリカン・スポーツカーの元祖的な存在ですね。よく見ると、車体後部が出っ張っていて、羽みたいなものがついていますよね。

池田:これですか?

 

 

次郎坊:これ、なんの意味があると思います?

池田:うーん、なんかかっこいい感じですけど…。

次郎坊:正解です。かっこいい以外の意味はないんですね。

池田:ないのか!

次郎坊:これは鉄板をプレスする工法では作れないんです。そこでFRP(繊維強化プラスチック)を使ってこの形ができたんですよ。

 

 

次郎坊:1950年代当時は飛行機や宇宙を思わせるデザインがかっこいい、という流れがあったんですね。自動車はもちろん走りの性能を追求してはきましたが、同時にテクノロジーを身近に感じさせてくれる象徴的な存在でもあったんです。

池田:性能だけでなく、流行のスタイルを敏感に取り入れているんですね。

 

 

ガルウイングはなぜ生まれたか

平田:ちなみに、ちゃんと意味がある場合もあります(笑)。たとえばこの1955年「メルセデスベンツ 300 SL クーペ」は、ガルウイングと言われる特徴的なドアの開き方をしますが……。

 

 

池田:意味……あるんですか、これ? かっこいいだけなのでは……?

平田:スポーツカーですから、軽くて頑丈にしたかったんですね。そこで金属パイプの骨組みを中心にした設計にしたんです。そうすると、普通のドアはつけられなかった。やむにやまれず上に開くドアを採用したんですよ。

池田:おお、なるほど!

 

 

平田:実はもうひとつ副作用があって、下のほうをパイプが通っているのでサイドシル(ドア下部分の敷居)が高くて、ハンドルが脚につかえて乗りにくいんですね(笑)。そこで……。

 

 

平田:ハンドルがこうやって倒れて、乗り降りがしやすいように工夫されています。

池田:これならなんとか乗れそうかも。スポーツカーって大変だなあ。

 

 

若者に大ヒット。V8エンジンのアメリカン・マッスルカー

平田:そして、戦後、最大のヒットとなったクルマといえばこの車は外せないでしょう。1964年の「フォード マスタング」です。

 

 

池田:内装が赤い!

 

 

平田:この車は、フォードが若者向けに売り出した車なんです。だから内装なんかも、ちょっとやんちゃな感じですよね。

池田:確かに、派手な印象ですね。

平田:戦後のベビーブーマー世代を対象にした巧みなマーケティングで、豊富なオプションを選べ、街乗りから、パワフルなV8エンジンを搭載したスポーティーな仕様まで、好みのスタイルに仕上げられることで大ヒットしたんです。時代のニーズに、しっかり応えた自動車だったといえるでしょう。

 

 

「01. 海外のクラシックカー編」のまとめ

19世紀後半に登場した自動車。最初はさまざまだった動力源が、やがてガソリン車に集約され、そのデザインも大きく変わっていきました。そして20世紀前半の2つの大戦を経て、「マスタング」に代表される「低価格」「ファッション性」の両方を兼ね備えた自動車が登場。ようやく人々の間に、「クルマ」がライフスタイルとして定着していったわけですね。

さて、この記事では、ヨーロッパ〜アメリカにおける自動車の歴史を名車とともに振り返ってきました。

しかし! トヨタ博物館の展示はまだまだ盛りだくさん。来週2/13(木)公開となる後編では、戦後に「自動車大国」となってゆく日本のクルマの歩みを、平田さん・次郎坊さんのお二人に教えてもらいます! お楽しみに!

(後編へ続く)

<企画・編集:株式会社LIG/撮影:二條七海>

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執筆者
池田明季哉(いけだ・あきや)

1986年生。デザイナー・ライター・小説家。スケルトンワークス代表。デザインに宇野常寛『母性のディストピア』(表紙デザイン)、石岡良治『現代アニメ「超」講義』(ブックデザイン)など。ライティングにDaily PLANETSでの連載『kakkoiiの誕生――世紀末ボーイズトイ列伝』(評論)、根津孝太『カーデザインは未来を描く』(構成)など。第26回電撃大賞受賞、2020年4月に小説家としてデビュー予定。ダイアクロンとミクロマンをこよなく愛するおもちゃオタク。
Twitter : @akiya_skeleton