マット・デイモン&クリスチャン・ベイルのW主演で全米No.1ヒット、アカデミー賞でも有力候補に挙げられている映画『フォードvsフェラーリ』。2020年1月10日に、日本でも公開されます。「ル・マン24時間レース」に賭ける男たちを描いたこの作品、実は「ものづくり」の映画でもあるわけで――。そこで今回、気鋭のカーデザイナー/プロダクトデザイナーで、クルマに関わる様々なカルチャーにも詳しい根津孝太さんに、この映画の魅力を聞いてきました。(取材・文:池田明季哉/中野慧(LIG))
『フォードvsフェラーリ』(原題:Ford v. Ferrari)
©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation
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▼作品紹介
ル・マンでの勝利という、フォード・モーター社の使命を受けたカー・エンジニアのキャロル・シェルビー(マット・デイモン)。常勝チームのフェラーリに勝つためには、フェラーリを超える新しい車の開発、優秀なドライバーが必要だった。彼は、破天荒なイギリス人レーサー、ケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)に目をつける。限られた資金・時間の中、シェルビーとマイルズは、力を合わせて立ちはだかる数々の試練を乗り越え、いよいよ1966年のル・マン24時間耐久レースで長年絶対王者として君臨しているエンツォ・フェラーリ率いるフェラーリ社に挑戦することになる。
二人の友情と、不可能へ挑戦していく姿を描いた実話に、早くも来年度アカデミー賞有力との声もあがっている。監督は『LOGAN/ローガン』のジェームズ・マンゴールド。男たちの意地とプライドをかけた闘いが幕をあける!
▼今回お話を聞く人
根津孝太(ねづ・こうた)さん
千葉大学工学部工業意匠学科卒業後、トヨタ自動車にて愛・地球博『i-unit』コンセプト開発リーダーなどを務め、独立して(有)znug design設立後も多くの工業製品のコンセプト企画とデザインに携わる。「町工場から世界へ」を掲げた電動バイク『zecOO(ゼクウ)』、やわらかい布製超小型モビリティ『rimOnO(リモノ)』、トヨタ自動車コンセプトカー『Camatte(カマッテ)』『Setsuna』、ダイハツ工業『COPEN』、小型家庭用ロボ「LOVOT(ラボット)」などの開発に携わる。グッドデザイン賞、ドイツ iFデザイン賞、COOL JAPAN AWARD 2019など多数のデザインアワードを受賞。著書『アイデアは敵の中にある』(中央公論新社)、『カーデザインは未来を描く』(PLANETS)。
そもそも「ル・マン24時間レース」ってどんなレース?
――根津さん、今日はよろしくお願いします! この「ニッケンで発見」は製造業派遣事業を手掛ける日研トータルソーシングのオウンドメディアなんですけど、「ものづくりに関する面白いことは何でも取り上げたい!」と思っています。そこで、非常に評判の高い映画『フォードvsフェラーリ』を通じて、クルマづくりの魅力を根津さんに教われればと思い、今日は取材にやってきました。
まず、すごく基本的なことから聞いちゃうんですけど、『フォードvsフェラーリ』の舞台となっている「ル・マン24時間レース」って、どんなレースなんでしょう?
根津: それは……なかなかハードな質問ですね(笑)。僕はクルマ大好きだから、逆に「え、ル・マンを知らない人なんているの?」って思っちゃう(笑)。逆に聞きたいんですけど、 今の若い人たちは、どのレースなら知っているんだろう……?
――うーん、「F1とかダカール・ラリーとかなら、名前は聞いたことはある」というぐらいの人が多いのでは……。
根津: そうだよね、そういう感じだよね。たとえばディズニー/ピクサーの『カーズ』って映画があるじゃないですか。同じコースをグルグル回るレースをしていますよね。あれは 「NASCAR(ナスカー)」 というアメリカの国技のような――日本で例えるなら相撲みたいな――レースをモデルにしているわけです。
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で、僕は『カーズ』を観た人から 「ああいうレースって本当にあるんですか?」 と聞かれて、「え、NASCARの存在を知らないの?」と耳を疑うわけなんだけど(笑)、でも今はそうだよね、とも思うんです。
昔みたいにF1が地上波で生中継されて、中嶋悟さん、鈴木亜久里さん、小林可夢偉さんとか、日本人ドライバーの活躍がテレビや新聞で盛んに報道されて……そういう入り口がないと、カーレースというのはなかなか見てもらえない時代になっているのかもしれませんね。
――す、すみません……いったん気を取り直して、ル・マンの基礎知識からいければと……(汗)。
根津: わかりました(笑)。ル・マンは、フランスで1920年代から今までずっと続いている、本当に歴史のある耐久レースで、ひとつの最高峰なんです。 クルマ業界ではル・マンで優勝することの意味って、今も昔もすごく大きい んですよ。
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根津: 日本に関係あるところでいうと、1991年にマツダがル・マンで日本メーカーとして初優勝したとき、世間ではすごく盛り上がりましたね。マツダ独自の「ロータリーエンジン」というエンジンの優秀さを世界的に知らしめたんです。最近だとトヨタが、2017年にあと少しのところで1位になれたのにトラブルで止まってしまい、翌2018年に悲願の初優勝を遂げた、ということもありました。
どんなレースにもドラマはあるけど、ル・マンが持つドラマは24時間分あります。なんとか頑張って頑張って走り続けたのに、最後の最後で止まってしまうことも。そういうたくさんのドラマが生まれるレースなんです。
走り続けることで生まれる、24時間ぶんの「会話」劇
▲チーム・フォードとしてル・マンに挑む主人公の2人。左がドライバーのケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)、中央がデザイナーのキャロル・シェルビー(マット・デイモン)。©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation
――ル・マンに出場して戦うことの難しさって、どこにあるのでしょうか?
根津: カーレースに、簡単なレースはないですね……。どのレースもそれぞれレギュレーションがあって、そのレギュレーションの中で、時にはその穴をいかに突いて勝つかを考えなければいけません。だから「ル・マンは他のレースと比較するとどうか」は一概に言えないけど、「24時間走り切る」というのは並大抵のことではない、とは言えますね。ドライバーもそうだし、マシンもそうだし、チームを支えるメカニックもそう。
24時間を走りきろうとすると、やっぱり限界を目指さないといけなくなる。劇中で主人公の一人、クリスチャン・ベイル演じるケンがすごくいいことを言っていましたね。 「マシンの限界を引き出してあげるけれども、決して無理はさせない」 と。
クルマやバイクが好きな人であれば経験があるかもしれないけど、「これ以上、無理させるとまずいな」と感じる瞬間があります。優秀なドライバーは、 マシンとの「会話」を非常に高いレベルでできる んです。24時間戦い抜くために、人と人はもちろん、人とマシンとのコミュニケーションも濃密になり、そこからドラマが生まれていくんですよ。
――そこで24時間走り切れる自動車って、どういう考え方で作るんでしょう?
根津: クルマの耐久性って、基本的にはトレードオフなんです。重くすれば耐久性が上がるけど、加速も減速も悪くなり、ブレーキにも負担がかかるし、コーナリングにおいても余計なG(重力)がかかる。
逆に、軽くすればするほど速くなるけど、壊れやすくなる。たとえばエンジンが7,000rpm(一分間で7,000回転)だったら、そのシリンダーの壁はいったい何ミリあれば24時間走りきれるのか。 「昨日までうまく走り切れたから、あと0.5ミリ削ろう」 ということでやって走らせてみたら 「爆発しました!」 なんてことにもなる。
これは半分冗談だけど、 「走りきった瞬間に壊れるクルマがいいクルマだ」 と言われたりします。「走りきる前に壊れるか、走りきったあとに壊れるか」。そのギリギリのラインをみんな狙って、ドライビングでもエンジニアリングでも攻めるわけです。
――すごく、繊細な世界なんですね……。
根津: これを自動車全部のパーツで考えて、しかも24時間やるわけですよ。僕もル・マンは大好きなんだけど、見ているだけでハラハラしますよ。自分がチーム員だったら心臓が破裂しちゃう(笑)。
王者(=フェラーリ)に挑むチャレンジャー(=フォード)という構図
――フォードとフェラーリって、1960年代当時の自動車業界では、どういう関係だったんでしょう。なんとなく、フォードは「広く庶民に親しまれるアメリカのメーカー」、フェラーリは「高級スポーツカーを作っているイタリアのメーカー」というイメージがあるのですが。
根津: フェラーリは当時からスポーツカーを作るメーカーとして圧倒的なブランド力があって、それは「レースにめちゃくちゃ強い」ということに裏打ちされていたんですね。 映画の舞台である1960年代、フェラーリはル・マンを6連覇していました。 そうなると「フェラーリはすごいメーカーだ」ということに、説明なんていらないわけです。
――どんなに工夫した広告を打つよりも「ル・マンで勝つこと」のほうが効果があったんですね。
根津: 結果を出すことが広告になる、認めざるを得なくなる。特にル・マンは24時間を走りきらなきゃいけないので、一つひとつ要素を積み上げた、 総合力 がないと勝てません。まあ、他のクルマの事故に巻き込まれるとか、偶然ダメになってしまうことはありますが、「24時間走りきれる力のないクルマが、なぜか走りきった」ということはまずない。そうやって技術力を示せるから 「メーカーどうしの戦い」 という部分は強くありますね。
――でも……フェラーリはレースで勝ってはいたけれども、自動車市場で儲かってはいなかったんですよね。
根津: そうですね。あまりにも完璧主義だったり、レースへの投資がかさんだりして、1960年代に経営が悪化してしまいました。 そこでフォードが、フェラーリに買収の手を差し伸べようとする。 そこから、今回の映画のお話が始まるわけですね。
――フォードのほうには、レースの実績はなかったのでしょうか。
根津: フォードは当時、NASCARには参戦していて、結果も出していました。圧倒的な資金力があったから、トップレベルのエンジニアを集めていて、技術力はあったわけですね。
だけどフォードは、 ル・マンにおいては完全なニューカマー。 王者フェラーリに対してチャレンジャーの立場だったわけですね。その状況で、物語が転がっていくわけです。
ストレートなら負けない。直線番長「フォード・GT40」
▲取材時には、根津さんが今回の映画を期に改めて購入したという「フォード・GT40」のミニカーを持ってきてくれました。GT40というのは愛称で、正式名称はフォードGT。
――この映画の「クルマの主役」といえるのが、ケンが乗る 「フォード・GT40(ジーティー・フォーティー)」 です。このクルマは、自動車の歴史のなかではどういう位置づけなんでしょうか。
根津: GT40の強みは何といっても、 7リッターエンジンが生み出す猛烈なトップスピード です。フェラーリのエンジンも決して悪いエンジンではないんだけれども、直線で戦ったらフォードには勝てない。ただフェラーリのほうがコーナリング性能はいいので、フォードの側から見ると、直線でフェラーリを抜いて、コーナーで抜かれ返す、この勝負。コーナー手前のどこまでブレーキを我慢できるかというのも勝負の鍵を握ります。
――フェラーリのコーナリング性能って、なぜ優れているんでしょう?
根津: コーナリングって、マシンバランスがすべて なんです。フェラーリがここまでスポーツカーに懸けてきたものがすべて煮詰められている。どちらのマシンも高次元でバランスしていることに違いはないんだけれども、 直線番長vsコーナリング番長の戦い とは言えますね(笑)。
アメリカ、イタリア、イギリス――織り込まれたいくつもの対立構造
▲シェルビー(マット・デイモン)は元ドライバー。引退後にカーデザイナーとしてル・マンでのチーム・フォードを率いることに。©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation
――フォードはアメリカで、フェラーリはイタリアのメーカーですよね。当時はイタリアがクルマ文化のトップという感じだったんでしょうか?
根津: いやぁ、ヨーロッパの人はみんな 「自分の国が一番」 と思ってますね(笑)。イタリア人は「スポーツカーとは、イタリア車のことだ」って思ってるし、ドイツ人は「自動車はドイツが発明したのだ」と思ってるし、イギリスだってアストンマーティン、ジャガーのようないいメーカーがたくさんありますからね。
――フォードのチームを率いたマット・デイモン演じるキャロル・シェルビーはアメリカ人ですけど、ドライバー兼メカニックのケンはイギリス出身ですよね。
根津: うん、タイトルには『フォードvsフェラーリ』――つまりアメリカvsイタリアの構図が表現されているんだけど、アメリカ=フォード内部ではアメリカとイギリスの緊張関係もある。ケンの皮肉屋っぽいキャラクターなんて、とてもイギリスっぽいですよね。そしてシェルビーは、 会社=フォードと、すごく優秀な個人=ケンのあいだで板挟みになって揺れ動く。
――見る人によっていろいろな対立構造が見いだせますよね。たとえば、組織の論理を優先させようとする「ビジネスマン」としてのフォードのお偉いさん、そして天才的な個性を持つケンのような「クリエイター」との対立って、サラリーマンであれば共感できそうなテーマですよね。
根津: 自分を貫きたいケンと比べると、シェルビーはまだ大人に見えますよね。でもシェルビー自身だって、若い頃はそうではなかったことも描かれている。そういう、 いい意味での対立構造 がたくさん含まれていますね。
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「ドライバーとエンジニアを兼ねられる」ということ
――映画のなかで思ったのは、「ケンって、ドライバーだけどエンジニアでもあるんだ」というところです。この2つは、兼ねられるものなんですね。
根津: そこはものづくりの仕事をしていく上で非常に重要ですね。 レオナルド・ダ・ヴィンチだって、画家であり発明家であり、医者でもあった わけです。
ケンはとにかくピュアに「勝ちたい」と思っている。だから自分で運転できないといけないし、マシンもいじれないといけない。そしてエンジニアリングをやっているからこそ、「あそこを少し削ったから、今日は優しくしておこう」ということを考えられる。限界ギリギリまで攻めないと勝てないけど、限界を超えたら死ぬかもしれない――そこを見極めようと思ったら、 誰よりも車のことがわかっていないといけない わけです。
――ケンは「とにかくなんでも自分でやる」というスタイルですよね。
根津: ただ、今のカーレースって、ケンみたいな人が活躍することは難しくなっています。もう、資金力がものをいう世界になってきていますね。この『フォードvsフェラーリ』の 60年代は、個人の力と大資本の力がまだギリギリ拮抗していた時代 だったと思います。
でも、まだできたばかりのフィールド――たとえばドローンだったり――であれば、個人やベンチャー企業が機動力を活かして「こういう発想でやったらどうだろう!」で戦える。そういう場所は、今でもいくらでもあると思いますよ。
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――「個人でチャレンジしてみるか、組織のアシストを受けつつ頑張ってみるか」というのは、働く人には普遍的なテーマですよね。
根津: この『フォードvsフェラーリ』って、「個人でやる人、組織でやる人、どっちが賢いか」ではなく、「どっちなら勝てるか」という話だと思うんです。 個人戦が得意なら個人戦をやればいいし、組織戦が得意なら組織戦をやればいい 。僕は両方やるしね。それに、 各人の今いるフェーズによって変わってもいい。 「俺はこっちだ」なんて決めきらなくていいと思いますね。
「違う文化を知っている」 って、すごく大事なことだと思っているんです。僕自身はもともとトヨタにいたわけだけど、トヨタって大企業的なだめな部分もあるけれど、でもすごいところもいっぱいある。独立してからは、そのすごさがよりわかるようになりました。
――世間では「最初は大企業に入ったほうがいい」ということがよく言われますけど、逆にスモールスタートで始めてみて、だんだん大きい仕事ができるようになる、ということもありそうです。
根津: 僕は大企業に勤めてから独立したケースですけれど、逆に独立した人を会社に呼び戻す、なんてことも増えてきていますよね。いろいろな環境を体験すると、自分以外の人の大変さもよくわかるようになります。僕はそれが、チームメイトへの尊敬や感謝に繋がると思っています。
だからドライバーとして「俺は運転が上手いからドライバーに専念するよ」というのも、それはそれで正しいんだけれども、たとえばケンであれば 自分の領域だけを見るのではなくて、他人の痛みも知っている。それがチームになったときにも活きてくる。 この映画は、そんなことも考えさせられる作品ですね。
――ありがとうございました!
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【おまけでちょっとだけネタバレ】結局、◯◯◯◯はどうして勝てたの?
▲GT40のミニカーに加え、今回の映画を期に根津さんが購入したGT40ソックスたち。
――最後におまけとして少しだけ、映画の核心に近い話を伺っていきます。というわけで、ここまで読んで 映画を観たくなった人はいったんUターンして、映画を観終わってからまたこの記事に戻ってきてください ……!
(以下、ちょっとだけネタバレあります)
さて根津さんに解説をお願いしたいのは、「結局、どうしてフォードは勝てたのか?」というところなんですけど。
根津: 最後にケンとフェラーリが直線で競っていますよね。さっきも言ったように、直線が得意なのはフォード。それなのにフェラーリは直線での最高速勝負に乗ってしまった。
――「挑発に乗ってしまう」というのは、負けのパターンですよね(笑)。
根津: フェラーリが勝負すべきは直線ではなくコーナーなのに、ケンの挑発に乗ってしまった。でも、フェラーリがフォードのことを圧倒的に見下ろしていたら、そんな挑発にも乗らなかったでしょう。それだけGT40の進化はすごくて、フォードが力をつけていることをフェラーリも敏感に感じ取っていたのでしょう。ここはなんとしても負けられないという焦りが生まれてしまった。 フォードの勝因は、自分たちのマシンの特性を活かして挑発し、自分の土俵に持ち込んで、うまく潰した ――そういうところですね。
でも、ケンも限界ギリギリだったんですよね。だけどケンは踏みとどまった。フェラーリは超えてしまった。その差ですよね。
(了)
<企画・編集・撮影:株式会社LIG>